原次郎左右衛門醤油味噌のお店
「原」の名前が歴史に登場するのはおよそ800 年以上も昔のことです。筑後国原村、現在の福岡県浮羽郡といいつたえられています。私どものルーツをたどることができるのはありがたいもので、歴史を通してご縁をいただくことも少なくありません。
祖先の中には、『平家物語』に登場する者、足利尊氏や毛利輝元に仕えた者、天正の遣欧少年使節団に加わった者もおります。幸いにして、多くの資料なども残っていることから、それぞれの職業や身分を知ることができます。二千町歩もの土地を支配し、今でもその名前が町名に残っている領主もいれば、雪舟の後継者として作品が国宝にまでなった絵師雲谷等顔も。少年使節団に加わった原マルチノは16代前の直影のフタイトコにあたり、彼の演説が日本で最初の活版印刷によって本となり出版されたという史実も残されています。
江戸から明治にかけて筑後吉井小向村庄屋であった原家も、明治20年代に日田の隈町で製菓業を営むようになり、明治32 年(1899)から現在の地で味噌・醤油・清涼飲料水などを製造するようになりました。屋号の『まるはら』とともにある当主『次郎左衛門』の名前は、当代が先祖からの名前を受け、平成7年から正式に名乗らせていただいているものです。と、現社長の言葉